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なぜ、信じていられるんだろう。
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2008/10/13(Mon)
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なぜ、明日がまた来てくれると、信じていられるんだろう。
なぜ、眠ったらまた起きられると、信じていられるんだろう。 なぜ、でかけたら、ちゃんと無事に帰ってこられると、信じていられるんだろう。 なぜ、今これが最後だと、思わないでいられるんだろう。 なぜ、そんなものすごいことに、思いを馳せないでいられるんだろう。 いっぺん死んでみなきゃ、わからないのか・・・? 本気で失ってみないと、わからないのか・・・? ・・・わからないんだろうな。 私も、そうだったんだから。 |
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めんどくさい
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2008/10/10(Fri)
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神様と人間
神様の方が、人間よりもよっぽど簡単だと思う 自分が、ただ誠実であればいいだけだから。 でも、人間に対しては、誠実なだけではダメなことも多い はぁぁ・・・めんどくさい・・・ 人間って、なんでこんなに、めんどくさいのか 自分って、ほんとめんどくさい・・・ |
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キリスト教と他の宗教で、ここが違うと思っているところ
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2008/10/08(Wed)
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私の生家は、神社神道の教えに従う家です。
八百万の神(ご先祖様も含む)への参拝、お墓参り、二礼二拍手一礼、初詣、おみくじ、お守り、絵馬、破魔矢、厄払い・・・巫女さんに憧れたこともありました。 実際に厄払いでいただいたしゃもじに、自分の身代わりになってもらったとしか思えないような実体験もあります。 幼稚園の時から、友達にいじめられたり、無視されたり、家族の中でも孤独を味わうことが多く、この世の全てがうとましいと絶望と諦めのようなものを常々思っていた私ですが、この世のものではない神様というものにだけは、なんとなく愛されているかも・・・という思いは私の中にいつもなんとなくあり、それが唯一の私の生き続ける支えであり、避難場所でした。 こういう経緯をもっているので、私個人的には、他のどの神も仏も、世のものも、否定するつもりはありません。他に信じられるものが、まだこの世にはあるなら・・・それはとても幸せで羨ましいことだと、私は思うからです。それぞれ自分が信じるもので、自分が幸せになれているなら、私は無理矢理にキリストを押し付けるつもりはなく、そのままで認め合って、交流をしていければいいと思っています。 でも、キリストの神には、他の神仏とは大きく一つだけ違っているところがあると、私は思っています。 それは、「救い」です。 仏教を経てクリスチャンになったある方がこんなことをおっしゃいました。 「仏教には、悟りがある。でも、キリストには、悟りと、さらに救いがある」と。 言い得て妙である、と私も思いました。しかも、「自分も救われたい! だから従います! お願いします!」と、自分の心の思い、たった一つでいい。 ここが、一番の大きな違いであり、ポイントであると思います。 自分が「救われた!」と思えることで、「ありがとう!」と、いろんな物事への感謝の思いが湧き起こり、周りにも返していこうと、表現していこう、伝えていこうと思えるようになるのだと思います。 |
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自分が一番、気づいていない
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2008/10/06(Mon)
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自分はいったい、どれだけのものに、気づき、かえりみることが、
できているだろうか たとえば、「こんな人間にはなりたくない」 そう言いながら、結局は そんな人間に自分から猛スピードで近づいて行っていることに 自分が一番、気づいていない 気づいていない、ということにさえも、気づけていない 私はまだ、なにに気づけていないんだろうか・・・ 私はこれから、なにに気づいていけるんだろうか・・・ それらに気づかされてしまった時、自分のこれまでの恐ろしいほどの無自覚さに 私はいつでも凍りつきそうになる。 自分は、まだなっんにも気づけていない。 それだけは、なんとか、気づけている・・・気がする・・・ けれど・・・それでも・・・まだまだきっと、自分はなにも・・・ |
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僕は、きみの友達に、なれそうですか?
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2008/10/04(Sat)
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ねえ、きみは、どんな曲を聴くの?
僕はそれを聴いて、かっこいい曲だね、とかって思っちゃうかな。 それとも、綺麗な曲だね、とかって、思っちゃうかな。 きみは、どんな本を読むの? もちろん、マンガでも全然OK。 その本の、どういうところが好きなの? きみが好きな言葉ってある? どうやって、その言葉に出会ったの? 他にも、いろいろきみのことを、一つずつ知っていけたらいいな。 僕はね、他の誰が何と言おうとも、 きみが、クリスチャンでも、クリスチャンじゃなくても、そのままで 変わらずこれからも、こうして話ができればいいな、と思ってるんだ。 そんなもの、男か、女か、血液型はA型か、B型か、みたいな、 僕にとっては、そんなちっぽけな、些細な違いでしかなくて、 それよりも大切な、等しく血の通った人間同士として、 表面上ではない、本物の交流をしていけたら嬉しいな、と思ってます。 ねえ、こんな僕は、きみの友達に、なれそうですか? 僕ときみで神様の話をしてみるのは・・・僕ときみが、まずちゃんと友達になれてから それからでも、全然遅くないし、間違ってもいないよね。 |