休み遊んでいるときでも
2008/04/06(Sun)
神様は、一人一人の賜物と必要を、私たちよりも完全にご存知です。
私も、ことあるごとに、それを自分の身に体験させられます。

神様を知る前、とにかく、かたくななまでにまじめで、
融通が利かないくらい堅苦しい域にまでいってしまっていた私。
神様にこうして、直接面倒をみてもらうようになって、
神様が私にまず教えてくださったことは、「遊ぶこと」でした。
もちろん、ハメをはずして、ということではありませんので、念のため。


まず、その最たる存在は、旦那さんです。
彼は、本当に私の尊敬する、私の目標とするクリスチャンの代表とも言える人なのですが、
彼はテレビゲームがとても好きな人です。
とは言っても、あまりにもリアルに暴力的・破壊的なのが特徴なものは好みません。
アドベンチャーとか、推理サスペンスとか、ファンタジーとか、そういう種類のものです。
カートゲームや、パーティゲームなどは、誘われて二人で一緒に遊ぶこともあります。
「気持ちのゆとり」をもつことが、私には必要だと、神様は考えてくださっていたのだと思います。

それを感じて、私は、自分からも積極的に遊ぼうとするようになりました。
例えば、こんな遊びをしています。

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これは、とあるオンラインゲーム内での、私の姿です。
真夜中にこそ仕事をしなくてはいけない状態の時の旦那さんの横で、
掃除や洗濯や外出などもできない時間に、頭も思考も休めることができるように、
読書などではなく、PCを使ってのんびり一人で静かに遊べるもの・・・と考えて、
たどりついたものです。

m804062.png

でも、こんなふうに、弱い自分のために、神様を忘れない工夫もします。
そうすると、自分の行動や発言の際に、とっさの時にも、
「待て! 神様が見てる! こんな時は・・・」と、一呼吸おいて、
神様から離れずいられるからです。
また、顔の見えないインターネットの世界で、人から心無いことを受けることもあります。
その時も、「こんな時だって、私には神様がともにいてくださる」と、勇気を与えられて、
早く赦せて、心穏やかになれます。

教会で仲間とともに礼拝をし、賛美を捧げている時でも、
神様の創られた大自然の中で、感謝の深呼吸をする時でも、
家の中で、パソコンに一人黙々と向かう時でも。
真剣な学びの時でも、心休めるための遊びの時でも。

私たちが神様から離れず、神様を慕い求める時、
私たちのいるところに、必ず神様は、そこにしっかりと、ともにいてくださいます。

【2008/04/06 18:18】 | ブログ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
空の器
2008/04/21(Mon)
けっこう前から自覚して思っていたことだけれど、
今年、こうしてブログ村で、いろんな人が語ることを読んでいて、
ますます思うことがあります。

なんで、こんなに自分は、自分の考えというものが固まらないのか?

同じクリスチャンとはいえ、これだけ、いろんなたくさんの人が思い思いに語っている中で。
しかも、対立するような熱い議論が繰り広げられているような場においてさえも、
各サイドの主張に、なるほどな〜とうなずいてしまっている自分がいる。

そうして、悟る。

ああ、私は、本当に空っぽの器なんだなぁ。

自分の中には、本当にたいしたものなんかなんにも入っちゃいない、
つくづく、ただの空の器でしかないんだと、思い知らされる。


・・・だけど、それにしても。

いくらなんでも、これは固まらなさすぎなんじゃないのか?
いくら空の器とはいえ、どんなに小さな器であろうとも、穴だらけの器であろうとも、
仮にも器の類であるというのなら、少しくらいは骨格みたいなものがあるだろうに・・・

この自分の固まらなさは、さすがに異常じゃないのか?

なんだろう。器系、入れ物系で、固まらない変幻自在のものがあるのか?

・・・・・・(しばし、考える)。

あ、あった・・・!

布。
布ってどうだ。

布製の袋。
しかも、旅行カバンとか、ブランドバッグの類じゃないな。
あくまでも普段使いの、手提げ袋系。
そして、1枚布でもないな。この私のバラバラ具合、寄せ集め具合は、
はぎれ布を合わせた、そんな手提げ袋だ。

ふむ・・・イエス様の手提げ袋か・・・(手提げ袋を持ってくださっている御姿を想像する)


(笑)。全然、悪くない。

むしろ、けっこう好きかも。

いいじゃん。この位置。イエス様の手提げ袋。むちゃくちゃいい役だ。


固まれないなら、どこまでも、いつまでも、固まらないでいこう。
ガチガチで固い手提げ袋なんて、それこそ使えたもんじゃない。


痛む胸がないわけじゃない。できないことに焦る思いがないわけじゃない。
でも、私には、私にしかなれない役がある。
それを、しっかりつかんでいると、
神様、今日、こうしてまた少し、思ってもいいですか。

私は、本当にただの空の器だ。
だけど、神様にしっかりと愛され用いられている、たった一つの器のなにかだ。

ね。イエス様。

【2008/04/21 02:52】 | ブログ | CM(8) | TB(0) | ▲ top
久しぶりのデート
2008/05/01(Thu)
先週、旦那さんと二人で、映画を観に行ってきました。

実は、私たちは、かなり外出ごとに興味の薄い夫婦です。
そのため、あまりの出不精ぶりに呆れてか(笑)、神様が時々きっかけを働きかけて
くださって、私たちに豊かに楽しむことをプレゼントしてくださいます。
今回の映画も、大人の仕事の事情で(笑)人からプレゼントされたものでした。

さらに平日に行ったせいか、この日、この映画を観る客は私たち二人だけで、
店員さんの指定してくれた一番良い席に座り、スクリーンを二人だけの貸切状態で、
映画を楽しませていただくことができました。
内容も、ある意味私たちのためらしい、じんわりいい映画でした。

旦那さんと映画デートっぽいことをしたのは、今回が初めてでした。
というのも、出会いの時から結婚するまで、私たちは、札幌−福岡で遠距離恋愛を
していましたので、今回のように、映画館などで、ただ二人で、こうして穏やかに
黙って座って、時間を過ごすなんてことは、当時には考える余裕がなかったからです。


映画を観ながら、私は、結婚前の自分たちのことを、少し思い出しました。
私たちの恋愛時期は、正直、精神的にはけっこうつらいものでした。
特に私は、結婚するには、仕事も辞めないといけないし、友達とも家族とも
離れなくてはいけない状態で。
しかも、その当時では、まだちょっと人には理解されにくい形のお付き合いを
していましたから、本当にこのまま進んでいいものなのかと、自分の人生の中で
これほど選択を迷い悩んだことはなかったほどです。

それでも、どうしても、二人は絶対にこの世での結婚相手同士なんだという
確信に近いものがたしかにあって。
そして、神様のような絶対の力のある方が介在してくださったからこそ、
二人は出会えたのだということが、ノンクリスチャンだったこの私にでさえも、
たぶんもう、わかってしまっていたのだと思います。


聖書の中で、イエス様にパンくずを求める女性の話があります。
(新約聖書 マタイの福音書 15章27節・マルコの福音書 7章28節)
のちにクリスチャンとなって、聖書のこの箇所を学んだ時、
ああ、私は、この箇所を体験させていただいたんだなと、身に沁みて感じました。
イエス様は、たとえその時キリスト者でなくとも、神を信じきって、
主に近づいてこようとする者を、絶対にないがしろにはされません。
聖書のこの箇所に書かれてあるとおり、主はあの頃の私を、ただ憐れんで
かえりみてくださり、今に導いてくださったのだと、私は強く信じています。


今の私は、あの頃のような不安な思いで、迷いの中を進むようなことはもうありません。
なぜなら、今はこうして、「イエス様!」と、信じる御方に固くすがることができるからです。
このことだけで、もうすでに私は、最上の喜びと安心に包まれることができるのです。

神様、私たち夫婦に、こんな素敵なプレゼントと、改めてこのことに感謝できる時を、
ありがとうございました。

【2008/05/01 02:44】 | ブログ | CM(6) | TB(0) | ▲ top
新緑の季節
2008/05/07(Wed)
写真の日付は2002年4月。
生まれて初めて、新緑の美しさに目が留まった年でした。

クリスチャンになって、自分の何かが変わったなと思う瞬間は、
こんなふうに、今まで気にもならなかったことに、
目や気持ちが向くようになった自分に、気づく瞬間です。

桜の季節も綺麗だけれど、私は、この新緑の方に、強く心励まされるようになりました。

020415.jpg

天地万物をお創りになった神様は、ご自身が創られた全てのものを使って、
私を励まし、導いてくださる。

私の内に宿ってくださっているイエス様が、神様から来るそれらに気づくように、
私の目と心を動かしてくださる。

私は、今年の新緑も、なんとか綺麗だと思える自分でいられて、ほっと安心する。
これが綺麗だと思えなくなっていたら、ちょっと危険だなと思っているから。
私の心の状態を測るバロメーターみたいなもの。

また来年も、ちゃんと綺麗に、見えますように。

【2008/05/07 12:16】 | ブログ | CM(12) | TB(0) | ▲ top
狂気の沙汰(今夏のある日に綴ったメモ)
2008/09/27(Sat)
今のこの感情を

なにかの言葉に出そうと考えるその間に

その言葉は、もう今、この気持ちの中にはない

ものすごい勢いで

なにかが流れて変わっていく


何も言えない

言葉にならない

言葉が追いつかない




現実を見た

すべてが壊れた

そして、私のすべてが組み直されていく

きっと全部、私は入れ替わる


破壊

破壊

総入れ替え

全組み直し

再生

再構築

検証

修正

再修正

廃棄

回収

解放

吸収

入力

出力

忘却

記憶

沈黙

爆音

制御

沈殿

静寂

遅延

郷愁

寂寥

諦め

失墜

永遠の別離

引力

分裂崩壊

再統合



今までのどの私にも、もう戻らない

今までの想像もつかない

そんな自分に変化していくのを

ただ私は途方もなく感じている


言葉が追いつけない

だから、私は沈黙する


もう、誰にも伝えられない

自分にさえ、伝え残しておけない


私は一人で、一人きりで、

本当に一人で

ここを通っていかなくてはいけない




じっくり保留にして考えていたこと。
これからの身の振り方など、ようやくそろそろ、また一つ決断できそうな気がしてきました。
気分は悪くない。澄み切った秋空のように、清々しい気持ち。
【2008/09/27 11:51】 | ブログ | CM(6) | TB(0) | ▲ top
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