|
私も、母も弟も寂しかった
|
|
2008/04/03(Thu)
|
|
私は、幼い頃、両親と一緒の寝室で寝たことがない。
祖母が、長女第一子である私を非常にかわいがって、私はずっと祖母と、祖母の部屋で寝ていました。 だけど私は、物心ついた時、両親(特に母親)と一緒に寝ている弟たちがうらやましいと思った。 私は、母との思い出が少ないことに、寂しさを感じるようになった。 私は、母からは、弟たちのようには愛されていない・・・そんなふうに思って、甘えることを上手く覚えられなかった。 20歳になった頃、きっかけがあって、母親に、自分はずっとそんなふうに寂しく思っていたことを打ち明けた。 そうすると母は、涙を浮かべて言った。「私も、あんた(Mie)が、お祖母ちゃんに取られてしまって、手をかけて面倒をみてやれなくて悲しかった。洋服も作ってやりたかったし、仲良く手をつないで一緒に歩いている母娘を見るたびに、とても寂しく思っていた」と。 私のこと、そんなふうに思ってくれてたんや・・・って、びっくりした。 また、私に一番近い2歳下の弟は、中学〜高校の時に、思春期特有のすごい反抗期になって、両親を悩ませていた。 私は、それを腹立たしく思っていた。なんで、ちょっと考えたらわかるような、そんな悪いことをするんだろうと、理解できなかった。 でも、これも同じく私が20歳頃の時、私は、わがままし放題の弟の態度に、とうとう怒りを爆発させて、弟ととっくみあいのケンカをした。 小さい頃から、この弟とだけはそんなケンカをする仲だったが、20歳にもなった姉と、ヤンキーの弟で、つかみ合い、叩きあいのケンカをした。 その時、弟は私に叫んだ。「姉ちゃんがうらやましい! 成績も良くていい子で、皆にかわいがられて! でも、俺は落ちこぼれで、家でもいっつも一人で寂しかった!!」と。 なに言っとんねん・・・うらやましく思ってたのは私の方なのに・・・ 弟同士(4人姉弟)で、私はあんたたちが一緒に遊んでる中に入れなくて、私の方こそ、あんたのこと、うらやましく思ってたのに・・・ ちっちゃい頃から、あんたはお母さんたちと一緒にいて、私の方が寂しかったのに・・・ 悪いことして、みんなに心配してもらって、私はそんなことなんかしてもらったことなくて、あんたの方が何十倍もうらやましいと思ってたのに・・・ でも、あんたは真ん中の子で、私とかさらに下の弟のこととか、そんなふうに見てたんやね・・・ なんや・・・お母さんも、弟も、みんな似たような寂しさ抱えて、お互いに誰かをうらやましく思ったりして、ずっと過ごしてたんか・・・ それが分かった時、心の目が開かれた気がしました。 今こうして、当時の母親の年齢をなぞるようになってきて、本当によくわかる。 母親だって、こんな若い人間だったんだな・・・って。 普通に悩んで、寂しく思って、それでも一生懸命、私たちに接してくれてたんだな・・・って。 そして、若い時の自分を振り返って、改めて恥ずかしく思う。 親ってもんを、大人ってもんを、自分と同じ人間扱いしてなかった。 自分勝手なこと言って、傷つけること言ったり、やったりしても、なんとも思ってなかった。 その言葉を、自分よりも若い人に言われたら、こんなにも悲しかったんだ・・・って。 今自分がそう思うように・・・他の人にも、こんなことをしてきてしまったんだなって・・・ 子供だって、大人だって、女性だって、男性だって、 みんな、なんだかんだいって、同じような寂しい思いを抱えて生きているんだなって、 語りつくせないいろんなものを、一人ひとり、それぞれに、 いっぱい背負って生きてるんだな・・・って。 少なくともこの自分がそうであるように・・・みんなもそうなんだなって・・・ 今、母親とは、あいかわらずお互いに、ちょっとだけ遠慮がちな、おもはゆい関係ではあるけれど、母が電話などで、ちょくちょく愚痴を私に預けてくれるのが、感謝な役目だなと思っている。 私は、預けられるそれらに、聖書の教えを守りながら、自分が今もっているかぎりのとりなしの言葉を尽くし返すことで、日々の実践の中で、神様に鍛えられていると感じている。 そして、同じ歌手のCDをお互いに買っていたりして、「そうそう。これいいよね!」と、一緒に盛り上がれる瞬間が、とても幸せだなと思う。 また、その弟は、中学生の頃から弟を好いてくれていた幼なじみの同級生の女性と、地元で結婚をして、子供も産まれて、夜勤のある奥さんの代わりに子育ても積極的に参加する、むちゃくちゃいいパパをしている。 彼が私の生家の長男でいてくれて、私の方こそ尊敬せずにはいられないほどの、カッコいい弟でいてくれて、私は本当に幸せな姉だなと思う。 あと二人弟がいるけど、彼らもまた、それなりに毎日、なにかを思いながらいるんだろうと思う。 だって、この私だって、その年代の頃、そうだったんだから。 今度機会があったら、私のこの昔話でもして、あんたもなんか寂しい思いとか持ってたりしたん? と、ぶっちゃけトークができたらいいなと思っている。 そんなこと思わずに、のほほんとしてくれてたなら、それはそれでよかったなと、安心すればいいだけのこと。 でも、そうじゃなかったなら、遅くなったけれど、今からでも、知ってあげられたらと思う。 まぁ・・・知ったからといって、それ以上なにかができるというわけでもないんだけどね。 だけど、ごめんねって、謝るだけはしなくちゃなと思ってます。 そして、変わらず応援して、最後まで神様に彼らの祝福を祈り続けなくちゃなと、 私がこれからできることとして、使命感をもって、強く思っています。 --- 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』 (旧約聖書 レビ記 19章18節) (新約聖書 マタイの福音書 19章19節) (新約聖書 マタイの福音書 22章39節) (新約聖書 マルコの福音書 12章31節) (新約聖書 ルカの福音書 10章27節) (新約聖書 ローマ人への手紙 13章9節) (新約聖書 ガラテヤ人への手紙 5章14節) (新約聖書 ヤコブの手紙 2章8節) --- このみことばを学ぶ時、私がいつも思うのは、母と弟との、この出来事。 私がずっと、寂しいと思ってしまっていたように、母も、弟も、みんな同じようにそう思っていたんだということが心から分かった、絶対に忘れられない、この出来事。 この出来事は、間違いなく、私の基本姿勢の土台の一部になっている、宝物の出来事です。 |
|
コメントの投稿 |
|
|
|
|
|
トラックバック |
|
トラックバックURL
→http://moonprayer7386.blog27.fc2.com/tb.php/6-d5add427 |
|
| HOME |
|