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次の自分のために準備する
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2008/04/13(Sun)
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「人生とは何か?」という問いに、徳川家康は、「人の一生は 重荷を負うて 遠き道を行くがごとし」という名言を残しました。私も、そのとおりだと思います。
イエス様は、そんな私たちに向かって、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい」と招いてくださいました。そして、「あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい」と教えられます。なぜなら、「わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いから」と。 この、背負っている荷物は、その人の人格形成に大きく影響をしていると、私は思っています。 私も、自分が背負っていると思っているものの影響を少なからず受けて、こういう自分になっていると感じているからです。 それは、ある人から言われた言葉だったり、体験した出来事だったり。 今まで私は、こういうことをほとんど語ってきませんでした。なぜなら、お恥ずかしいことですが、こういうことを語り合い、ゆっくり分かち合えるだけの心親しい友というものを、私は持っていなかったからです。 私にとって、心を見せられるほどの友というのは、やっとこれからかなという頃に必ず私を嫌いになり、私から離れて、いなくなっていく存在でしかなかったのです。(推測される原因は、たぶんこれ→「今日気づいた自分の傷」) そんな失敗と後悔と悲しみを繰り返すうちに、私は、誰かと親しくなることを強く恐れるようになり、人が怖くなり、そして、最後には自分が早くこの世からいなくなりたいと願うようになる。 私は、本当に自分がかなり嫌いなのです。 でも、神様は、それでも何かを私に伝えようとして、別の人の何気ない言葉や、目に止まった本、その他さまざまな出来事などを使って、時を逃さず常に私を慰め、励まし導き続けてくださっています。それだけは、いつも感じているのです。 私は、もっと神様から、受け取りたいと思うのです。 今年で、私は34歳になります。20代の時は、30代の自分のために準備をしてきたので、30代半ばにもさしかかったことだし、そろそろまた次の年代に向けて、私は準備をしたくなっています。 そのためにも、今年はとにかく、自分の背負っている重いものを、文章という形にすることによって、もう少し軽くすることを目的に、ひとつ取り組んでみたいと思います。 |
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