Wed.

ある日のあたしの中の会話

「もう少し、自由に、やれたらいいのに (くすくす(笑))」

ガチガチでビビリ症のあたしを、後ろから見ていたあたしが、ひょうひょうと声をかける。

「わ〜かってるよぉ;;」

別に、好きで、ビビってるわけじゃないもん


まぁ、こういうのは、慣れだからねぇ


それでも、ずいぶん融けてきたでしょ?

まぁね。まぁ、これまでが・・・ねぇ?(笑)

しょーがないじゃんかぁ

まぁね。(くすくす。にやにや(笑))


あんまり、いじめないで?(苦笑)

はいはい(笑) ぷぷぷ(笑)

もぅ。

(笑)


これは、なにをやってる時の私の中の会話かって?

なんとなく、またブログのテンプレートを変えようかな? と思って、

いろいろ物色している最中の話です。

あたしらしいかな? 似合うかな? なんて変にウロウロやっていると、

私のビビリさとガチガチさに、私の中から呆れた声が聞こえる。


だけど、そういう声が、ありがたい、と思う。

見てくれてる。励ましてくれる。突っ込んでくれる。

笑顔を、渡してくれる。


これで、いい。と、思える。

また、進める。


そうして、続いて、いく。

続いて、いける。

続かせて、もらえる。


どんなあたしでも、あたしは、あたし。

そんなに心配、すること、ない。
2009-07-01 09:27 | ブログ | page top↑
Fri.

過去の自分を、育てなおす

今、自分が、当時の親の年齢になって、

改めて、過去の子供の頃の自分を、自分の中から別個に切り離して、

親としての今の自分と、

子供の頃の昔の自分とで、

会話を、してみた。


親に、昔あの時、私がこう言った時、こんなふうに返事を返してもらいたかったというセリフを、

今の私が、改めて昔の私に返事をする。

そうすると、子供の私は、どんな気持ちになれて、次にどう会話が続いていくか。


あの時、ただ抱きしめて欲しかった、感じたかったぬくもり

私の話を、背中でなく、正面を向いて目を見て、聞いてもらいたかったという思い


下の弟たちばかりでなく、後回しでなく、私個人を一人の人間として、

忘れないできちんと時間を作って相手をしてほしかった




例えば、私が子供心に失恋をしてたまらず泣いている時、親は私を見て、こんなセリフを言った

「なにやってんの、あんた (バカじゃないの、情けない、恥ずかしい、くだらない、そんなものさっさと忘れなさい、とでも言わんばかりの雰囲気で)」

って、遠いどこかの他人事のように呆れた冷めた声で言われて、それだけで、終わった、あの時・・・



今の私なら、どんなに少なくとも、せめてこのくらいのことは、あたりまえに言ってやりたい


つらいね…残念、だったね…悲しい、ね……

だけど…がんばった、ね…


神様が、ちゃーんと、全部、見てて、くれたよ…

あなたが、がんばってたとこ…ぜーんぶ、ね…


よし…よし……なで…なで……ギュゥゥ……よし…よし…


私は、あなたを、誇りに、思うよ


ちゃんと、しっかり泣いたらね……また、少しずつでいいから、ちゃんと元気に、なっていこうね


そうだ。今日は、あなたの好きなもの、食べようか

お腹いっぱい、食べよう

お腹いっぱい食べて……ぐっすり、寝て……そうして、元気に、なって、いこうね


大丈夫

大丈夫

なれるよ…あなたは

だって、あなたは、私の、自慢の、娘、なんだから (にっこり)


一生懸命、恋をして……せいいっぱい、誰かを想って…愛して…

そうして、受け止めて……


いとしくて、いとしくて、たまらないよ…(嬉)



・・・・・・


そんなふうに、いっぱいいっぱい、じっくり過去の自分と、今の自分で改めて会話をしなおしてみると、

それだけ、かつての親自身もまた、そういう、本当はとても重要で大切なことのいろんな気づきなどの機会に触れる時間を、充分に持てずに知らずにきてしまったのかもしれないなと、逆にちょっぴりかわいそうに、もったいなく気の毒に思ったりした


子供の面倒をただみるということと、子供を育てるということは、まるで違う。

前者は、ペットの世話をするのと、ほとんど同じなんだ。

ただ、エサをあげて、具合が悪ければ病院に連れて行って・・・ただ、それだけだ


でも、後者は、人間を育てるということ、それは、心を育ててやるということだ



たったこの程度の作業でも、過去の自分が、どんどん上書き修正され、昇華されていっているのがわかる


どこまで私は、自分のことを昇華してやれるだろうか

まだまだその挑戦は続くけれども、

だけど、やっていて、楽しくて幸せで嬉しくて仕方がない
2009-06-12 16:12 | ブログ | page top↑
Thu.

幸せそうだ

ああ・・・穏やかだけど、幸せそうだ・・・

そういう人を見ると、私は、安心する


なぜなら、そっちの方向に、私は、行きたいからだ

向かいたい方向にいてくれる人を見つけると、

私は、安心する

そっちに行けるためなら、私は、どんな苦難でも痛みでも受け切ろう

この今生の命かけてでも、受け切ってみせる

それくらい、この私には、命がけで欲しいもの、だからだ



今朝も、まだ、そう思えていられていることに、安心と、感謝

そして、まだ、続けよ、と、まだ、自分を生かしてもらえていることに、心から、感謝
2009-06-04 13:42 | ブログ | page top↑
Sat.

自分は、愛を、知りたい。

自分は、愛を知らない。

なぜなら、もし仮に、これが愛だというもののかけらでも

自分がきちんと知れていたら、

少なくともその同じもので、誰かを同じように愛せるはずではないか?


自分は、愛を知らない。

なぜなら、自分は、誰かを愛せているということが、自分で感じられないからだ。

だから、自分は、愛を知れているかどうかということが、自分でわからない。


自分は、愛を知らない。

だから、神は愛だというのなら、

自分は、愛である神を、知っていない。

それが、よくわかった。


自分は、神を、知っていない。

だから、自分は、神を、愛を、人に伝えることが、できない。



自分は、愛を、知りたい。

自分は、愛を、知れていると、知りたい。


自分は、神を、知りたい。

自分は、神を、知れていると、知りたい。


・・・いつか、自分は、知れるだろうか・・・
2009-05-23 23:15 | ブログ | page top↑
Sat.

こんなぐずぐずな自分も、いとおしい

不安は、ある・・・

もどかしい思いも・・・はがゆい思いも・・・

悲しい思いも、寂しい思いも、遠い思いも・・・

夢、も・・・こうしたい、という思いも・・・だけど、面倒だ、と思ってしまう思いも・・・

難しい・・・と思う思いも・・・

できるだろうか・・・という思いも・・・だけど、やりたいな・・・やった方が、いいかな・・・

そこまでしなくても・・・いいのかな・・・

後悔、しないかな・・・傷、つけない・・・かな・・・寂しく、させない・・・かな・・・

喜んで、くれるかな・・・迷惑、かな・・・

余計な、お世話、かな・・・どう、しよう・・・かな・・・・・・鈍感で、いいのかな・・・

それとも、私の、役目かな・・・


もう・・・いろんな・・・いろんな、思いが・・・私の中を、通過して、いく・・・

道は・・・無数に、ある・・・・・・

その中で、選べるものは、その時、その時、一つずつだけだ・・・


考えて・・・選んで・・・決めて・・・進んでいくって・・・・・・本当に・・・疲れる・・・・・・


疲れる・・・・・・疲れる・・・・・・

自信など・・・ひとかけらだって・・・ない・・・・・・そんなもの・・・あったり、なんか、するもんか・・・

なぁ・・・・・・



だけど・・・それでも・・・・・・進まねば、ならぬ・・・・・・

そんな、地獄も・・・・・・久しぶりに、また、少し、思う・・・

ああ・・・(苦笑)

弱気、だなぁ・・・・・・(苦笑)


ふふ・・・(笑)


どうした・・・? 自分・・・(笑)
2009-05-16 13:40 | ブログ | page top↑